南米バイク旅㊼ 森 義昌は動けない②。
はいどーも~、オーラーッ!!KAIDAと一緒に入国しようとなんとか足掻いていますが、けっこう八方ふさがりくさい森ですっ!!もう5月も終わろうとしていますね、日本は少しずつ暖かくなってきているのでしょうか・・・。現在のパラグアイの気温は日光次第です。曇っていたら結構寒いです。
さて、前回はパラグアイとアルゼンチンの国境でのまさかの出来事を書きました。その件についてはリアルタイムで絶賛対応中です!相談する人達がみんな口をそろえて「もうバイク置いといてバスで行ったら?」と言いますが、KAIDAは私の大切な相方なのでそんなつもりは
毛頭ねぇっ!!!
特に書くこともないので、イグアスで何をやっていたかを書きたいと思います。
① エステ(国境の街)に向かう途中に
壮絶なパンクをする。
そらこんだけ裂けたらチューブもイってるよね。
後輪から今までに聞いたことがないような破裂音がしたと思ったらコレです・・・。
なにこれ?ナイフでも踏みましたか?
もちろんこんな状態になってしまったらタイヤ&チューブ交換となります。
まーそろそろ後輪も薄くなってきてたし、しゃーないか。
工場のお兄ちゃんがバイクの後ろに乗せて連れて行ってくれた部品屋さん。
大体中国製ね。
ウィンカー1個が7000グラアニー(170円)
はいはい、中国製のすぐ壊れるヤツね。私も中国製のウィンカーつけてますが、新品で買って1回点灯させたら電球が切れました。
安いのには理由があるのねん。
助けてくれた人たち。向かって右から2番目のお兄ちゃんが、パーツ屋まで2ケツで連れていってくれた人。
3番目がパンク修理屋のおっちゃん。
パーツ屋のオヤジが、半泣きになるぐらい強烈に「ブラジル産」のタイヤを勧めてきたのでブラジル産のタイヤを購入。
ちょっとグレードアップしたかな。
みなさん有難うございました。でも、KAIDAの排気量を見てクレージーだと言うのはやめて下さい。
こんなんでもなんとか12馬力と精神力でアンデス山脈を越えてきたんですぅ~(-。-)y-゜゜゜
② 釣りに行くっ!
ボリビアのラパスで会って、イグアスで偶然再会したヨシさん。
ヨシさんに釣りの手ほどきを受けて、
この池で釣りをしますっ!(いやいや泥池やん!とかゆーなよ!)
ちなみにこの池は普通に住民の私有地です。でも宿の人に聞いたところ、勝手に入って釣りしても全然大丈夫だそうです。
さらに、こんな漫画みたいな釣竿で勝負します。
餌は小麦粉を練ったもの。
気になる成果のほどは・・・
バンッ!
バンッ!!
バンッ!!
はい。から揚げにして美味しくいただきました。
「食べられる魚なのか食べられないのか」とかいう問題ではない。
重要なのは「美味しいのかどうか」ということ
ま、食べてアタらなかったらセーフでしょ。
ちなみにアタりませんでした。ちゃんと加熱調理したしねっ!
あ、今日は30cmぐらいのナマズを釣りましたよ。
明日の晩御飯にするつもりです。
③買ってまだ1年ちょいしか経っていないPCの
OSが天に召される・・・。
あー、はいはい、初期化ね。
そう、工場出荷状態に戻すやつね・・・。
なにこれ?
なんでこんなについてないないの?
なんか悪いことした?
いいやしてないっ!
アリ一匹殺してねぇーよっ!!(魚は食べたけど)
どうも最近ついてないような気がする・・・。
幸いにも今までの写真データは日本に送っていたので助かりました。
④移住者資料館に行く
ココねっ!
この大鳥居の近くねっ!
私がお世話になっている「ペンション園田」の園田さんが、入植者の歴史を懇切丁寧に教えてくれました。
戦前・戦後で移住者の意識が違っていたり、国営とそうでないだけで待遇が全然違ったり、初期の人たちは人力で原始林を開拓したりと、すさまじい歴史を教えていただきました。
大阪からも移民船がでてたんですね。
昔のパスポート
家族で一つとかもあったらしい。
ガリ版印刷機
初めて見た。
昔の教師がプリントを作っていた機械。
こんな古いもん残ってんやな~。
ドカ弁に
二眼レフ
60年代のエンジン
他にも色々な道具が展示されていました。
当時の人はかなり苦労したんやろな。
直径が私の身長ぐらいの大木を人力で切って運んだり。
強っ!!
昔の人・・・
強っ!!
はい、わたくし森 義昌は、こんな感じでイグアス居住区で生活しております。