南米バイク旅㊿ 森 義昌は動けない⑤。
どーも~、オーラーッ!結構大きめの鶏ももが90円で売ってたので夕食はチキンソテーを食べた森です。暇なんで料理すんのが楽しいです。
扨、前回はとりとめのない三十路男(無職)の愚痴になってしまいました。
が、
今回も似たような感じです。笑
そーですなー、今回は私の立場について色々と考えていたことを赤裸々に、それはそれは赤裸々に書いていきたいと思います。
今までこのブログで、ちょこちょこ自分の考えを書いてきた記事があったと思います。面倒くさいんで「この国のこの記事!」とかは書きませんが、その度に「私は決して右寄りの思想をもっているわけではないんですが」と書いていたと思います。
で、無駄に時間があるもんで、そのことについて色々と考えたりするわけなんですよ。
で、そもそも「右寄り」とか「左寄り」という言葉自体を考えてみました。この言葉達は時と場合によって意味が少し変わったりすると思います。でも余計なものを削って削って、残った本質は何なのか(シンプルなのが1番)とアレコレ考えていくと、こんな結論に辿り着きました。
一般的には「右翼」は保守的で「左翼」は改革的と、曖昧に認知されているこの言葉(難しい言葉で難しい言葉を説明されても分からん)。この右と左という言葉はいかにもセットで、対になっている言葉だと思われがちです。
が、
じつは
なななんとヒマすぎたのでペイントで図に書いてみましたのでどうぞ!
そもそも「右翼と左翼は相いれないものではない」という結論に至りました。そもそも別物ね。
まず、右翼ってのは世界を縦に分けて、内か外かのどちらの立場かで判断する。内が自分の民族や文化で、外が外国人や他国の文化。で、自国の側に立つのが右翼であって、その逆は実は左翼ではなくて「逆右翼」という方がしっくりくる。
なぜか?
それは
左翼って考え方は実は世界を横に分けて上か下かで判断するもの。で、平等さを重視する左翼は、貧しい人や権力がない社会的弱者に味方する立場をいう。で、その逆はもちろん右翼ではなくて「逆左翼」となる(世界の区切り方が違うから当て嵌められないしね。)。
なので、そもそも世間や世界の分け方が違っていたことに気づきました。ということは、右翼的で左翼的な考え方というのも存在しえるわけなんです。
で、肝心な私の考え方は一体どの辺に位置しているかというと
<右か逆右か>
自国か他国かでいうと
→日本人や日本の文化は素晴らしいと思うけど、海外の文化ももちろん素晴らしいと思うし、もっと外国の文化や考え方を受け入れてもOK。
なので、真ん中の線ぐらいの立ち位置で中間です。
<左か逆左か>
基本的に権力者は嫌いなのでここは完全に「左」となります。
結論:私の考え方は、右か逆右かというと中間で、限りなく左に近い考え方。
と、なりました。
いかがでしたか?納得できない!等のご意見があれば、どしどしコメントに書いて下さいっ!勉強させてもらいますっ!
P.S. 街中で見かける「政治結社や右翼団体」と呼ばれる人たちの喧しい「街宣車」。あれは本当に右翼なのか?と疑わしくなってきます。だって、あんなやり方したら多くの日本人が「右翼的」な考え方を嫌ってしまいますもんね。ということは「右翼」と呼ばれるあの人達は、日本人をどんどん「逆右翼化」させていっているも同じ。本当に日本のことを考えているなら、もっとスマートに自分たちの主張を浸透させていってもらいたいものですね~。